憑依されたら、荒神さんがいい

 憑依 されたら 宝塚の 清荒神さんがいい。

わたしが初めて 憑依系の 人を 清荒神さんに 連れて行ったのは

今から 二十年ぐらい前のことだった。

その日は 姉の家に 数日間 泊まっていた。

彼女の 台所で 一日の内 何度か「カチャリ」と音がする。

「何の音?」と聞くと、「あー、あれね。わからない。電気屋さんも水道屋さんも

大家さんに来てもらっても。結局、分からなかった。」という。

 数日後、私は いつもの腹痛を起こした。そして、夢をみた。

どうやらわたしは まだ 小さい子供らしい。家に帰りたい。でも、

家もわからず、町の中を 走り回っている。

町には 誰もいない。その内、日が暮れてきて、とても心細い。

すると、向こうの方に 人影がする。たくさんの人が

坂を上っている。私も行こうと思った。その人たちのところに

たどり着いたとたん、そこで、転倒した。

すると、後ろから来た人が わたしの 帽子を取って言った。

「この子 こんなに小さいのに 死んだんや。」

びっくりして 目が覚めた。

でも、お腹が痛いのは この子が原因だということは分った。

急遽自宅に 帰ることに決めて その子に言った。

「明日、荒神さんに いっしょに行こう。だから、そのキャリーバッグに入っとき!」

すると、腹痛は治まる。また、暫くすると、痛くなってくる。

「だから、悪いようには せえへんから。良いようにしか ならへんから。入っとき!」これをなんども繰り返した。

翌日、東京から 荒神さんに 直行した。荒神さんでは お清めとかは 受けない。

ただ、普通のお参りをした。参道で、霊能のある人に 見てもらうと 

「もう付いてないよ。 水子さんやな。」と言われた。

この日以来、あちこちで、十年ぐらい 水子さんに 付かれるようになった。

水子さんは 町で お母さんに抱かれる赤ちゃんを見ると とても うらやましいようだった。バギーに乗っていても 「あー、いいなー」そんな感じだった。

もし、あなたが 水子さんを お持ちなら ぜひ供養をしてあげてほしい。

あの子たちは あんなに 心細く  あんなに うらやましい。

お仏壇はなくても、百均で過去帳を 買ってきて、それに名前を 書き入れる。

○○家水子の零位と。 家の中で 清浄な場所に 安置する。

毎日、お水、牛乳をお供えする。大変だとは思う。でも、一人の確固とした

人格のある方々なのだと思う。この方たちは 初めから こうなると解っておられると聞いたこともある。

でも、もし、あなたが あの子みたいに 町をさまようのだとしたら どんなにか 心細かろうと 思ってほしい。

お菓子もお好きみたい。お花も。

わたしの母も 水子さんは ほったらかしにしていた。中年になって

腰が痛くて 歩けなくなった。その筋の人に 見てもらった。

わたしが 供養をしてもいいので 水子さんを 祀るようにと言われた。

わたしが 祀るようになって 母の 腰痛は消えた。

母の友人が 亡くなった時 彼女も 水子さんを 何人か持っておられた。

でも、生前に 祀っておられなかったようで、その子たちを置いては

あちらの世界へ 行けないと 言う。

我が家の 天井の 隅に居て 途方に 暮れておられる。

その時は わたしは 例のごとく おなかが痛い。熱もある。

母に 「ママのお友達でしょ。ママにも 水子さん いてはるんやから。荒神さんに

行ってきて!」 と頼んだ。

まあ、帰ってきて、愚痴ることしきり「カギは無くす、お財布は落とす。もう二度と

行かん!」「ママ、当たり前、ママは五十年 ほったらかした」おまけに

母は四人 友人は三人もの 水子さんなれば 大変だったろうとは思う。

でも、おかげで 私の体調は 復調した。